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ダウンタウン松本人志 「使ってはいけない ヤバい」中学に対し言葉を足したら?

芸能 生活 社会

 

本日319日に放送された「ワイドナショー」(フジテレビ系、毎週日曜10:00-11:15)の出来事です。

とある中学校にて「ヤバい」という言葉が禁止された、という事が新聞のコラムに掲載され、ネット上で話題となっている件について取り上げられました。

 

 

 

 

 

 

ネット上の賛否

ネット上では、多くの賛否の声があがり、話題となりました。

賛成側の意見としては、

「多用すると稚拙な会話に成り下がる」

「慣れると他の言葉が思いつかなくなる」

といった意見が出ています。

否定側の意見としては、

「言葉は時代とともに変化していくもの。だから「ヤバい」という言葉を色んな意味で使うのは時代の流れでいいのでは?」

というような意見があります。

 

 

番組内の意見は

番組内の意見としては、

 

赤江珠緒さんは、

別に校内で禁止にすることはいいのでは?

世論の声に動かされて禁止することを廃止にするほうが「ヤバい」のでは?

と、奇しくもここで「ヤバい」を使用して意見してしました。これは、わざと使用したという感じではありませんでした。自然に「ヤバい」という言葉を使用して意見したように見えました。

 

古市憲寿さんは、

「『ヤバい』という言葉は悪くないと思っている。昔だと古典に出てくる「おかし」という言葉には「風情がある」「綺麗だ」とか色んな意味がある。と言った具合に多様な意味を持つ言葉はいくらでもあるのに」

 

 

松本「色んな言葉を足してみてはどうか?」

そして、松本人志さんの意見は、とてもユニークなものでした。

「『ヤバい』を禁止にするのではなくて言葉を足していくのがいいのではないか?」

「『ヤバい』に行き過ぎているから、例えば「今日は『よしんば』を多用してみよう」

「来週は『さりとて』を使用してみよう」みたいな最近使っていない言葉を足していくはいいのではないか?

 

 

「ヤバい」の意味は?

では、「ヤバい」とは一体どういった意味なのでしょうか?

まず、本記事で、「ヤバい」と表記していますが、正確には「やばい」という表記になります。

本来の意味をデジタル大辞泉で調べてみますと、

[形]《形容動詞「やば」の形容詞化》危険や不都合な状況が予測されるさま。あぶない。「―・い商売」「連絡だけでもしておかないと―・いぞ」

とあります。また、デジタル大辞泉にも

[補説]若者の間では、「最高である」「すごくいい」の意にも使われる。「この料理―・いよ」

 

といった現在のトレンディーな意味も記載されています。

しかし、それだけではありません。実際の現在の使用されている意味には、

かっこいい、良い、悪い、凄い、感動、困った、緊張、寒い、テンション上がる、嬉しい、哀しい、気まずい、うまい、怖い、熱い、冷たい、カワイイ、かわいい、高い、安い、楽しい、お優しい、汚い、まずい

(フジテレビ系番組「ノンストップ」の調査より)

 

といった様々の意味合いがあります。

これには番組内の出演者も皆驚いており、どよめきが起きていました。

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

現在の「ヤバい」の意味、それは一言で言えば「本来の意味に加え、気持ちの動きを形容化したもの」になります。

時代とともに流行りの言葉、流行りの意味が出てきて、その中でも老若男女に浸透し、長く生き残った言葉・意味が標準的な日本語になっていう流れが歴史的にもあることは、周知の事実です。

よく流行り言葉には批判勢力がつきものですが、それもまた、いつの時代にも起きていたのではないかと思います。

今回の中学校内で起きた禁止令は、おそらく校内で禁止しただけでしょう。

禁止した人の意図は、これだけ多くの気持ちの動きを「ヤバい」一言で片付けてしまうと、様々な言葉を駆使する力がなくなるので、それを抑制するためという狙いがあったはずです。その意図があったことを記事でも放送でも確実に伝えておけばよかったでしょう。

そうすると、否定側の「言葉は時代とともに変化していくものだから、禁止にするのはおかしいじゃん」といった意見は出てこないのではないでしょうか。

賛否両論あること自体はいいことだと思います。

 

唯一の懸念

ただ、「ヤバい」という言葉に唯一の懸念があります。それは、前述の通り、「ヤバい」にはこれだけ多くの意味合いが「ヤバい」の一言で済んでしまうということです。

日本語は世界的にも多くの語数があり、より細かいニュアンスまで表現することができる言語です。

一つの物事でも、言葉を使い分けることでより細かいニュアンスで表現することが可能です。

これまで新しい言葉ができるとこのバリエーションが増えていくものでしたが、もしこのまま「ヤバい」がこれらの意味を含む標準的な日本語になってしまえば逆に、バリエーションが減ってしまうことになります。バリエーションの多さは日本人の繊細さ故の特徴なので、今後「ヤバい」の様な言葉出てくるということは、その日本人の繊細さが失われているという証なのかもしれません。

 

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